名馬キタサンブラックの実力

名馬キタサンブラックの実力

数々の名勝負を勝ち抜いてきた名馬キタサンブラック。

ディープインパクト以来の客を呼べる競走馬と言えるでしょう。

当コラムではキタサンブラックを経歴、血統、過去のレース成績を軸に紹介します。

1.キタサンブラックデータ

生年月日:2012年3月10日
毛色:鹿毛
調教師(所属):清水 久詞
馬主:有権会社大野商事
生産者:ヤナガワ牧場
産地:日高町

2.父ブラックタイド

キタサンブラックの父にあたる馬ブラックタイドは2004年のスプリングステークスに優勝し、現在は種牡馬です。

弟のディープインパクトとは兄弟馬で、ディープインパクトが70,000,000円で落札されたのに対してブラックタイドは97,000,000円高値をつけられました。

2003年の暮れに開催された阪神競馬で圧勝しデビュー戦を飾り、次走のラジオたんぱ杯2歳ステークスで1戦1勝ながら単勝1.4倍と圧倒的な支持を受け一番人気となりました。

2004年にはオープン特別の若駒ステークスにおいて2勝目の快挙。

次走のきさらぎ賞では単勝1.5倍と圧倒的な1番人気に支持を受けました。

しかし、ラジオたんぱ杯2歳ステークスでもきさらぎ賞でも1番人気とはなるものの勝ちきることができませんでした。

皐月賞では16着と大敗を喫したレース後、屈腱炎を発症し2年間の休養。

2006年5月末に復帰し8月の新潟競馬場で開催されるダートのオープン特別・関越ステークスに出走しました。

最後方を追走し、直線では目を見張る追い上げをしますが7着に留まりました。しかし、このレースでは上がり最速の記録をマーク。

その後のレースは芳しくなく、目黒記念の8着を最後に8月1日付で競走馬登録を抹消し引退となりました。

その後ディープインパクトの全兄ということで代替種牡馬として人気を集め新種牡馬としては最多となる150頭の種付を行っています。

キタサンブラックをはじめ、ダカノエスプレッソといった重賞勝馬を排出しました。

3.母シュガーハート

母にあたるシュガーハートは1992年の中京競馬でデビューした父サクラバクシンオーの産駒です。

父バクシンオーは小島太を騎手として短距離戦線で頭角を現しました。

1993年、翌年の94年にスプリンターズステータスを連覇した経歴を持ちます。

1994年にはJRA賞最優秀賞短距離馬に選出。

通算21戦11勝の内1400以下では12戦11勝という驚愕の成績を残しました。

それ故JRA最強のスプリンターと評されます。

サクラバクシンオーの調教師は、悍性の強さを備えつつも人間に対しては素直でおとなしい性格について、「典型的なユタカオー(サクラバクシンオーの父で1986年天皇賞(秋)の優勝馬)の産駒」と評しています。

1992年1月12日、中山開催の新馬戦・ダート1200メートルでデビューし、2番人気でありながら出走から先頭をキープし2着に5馬身差をつけ初戦での勝利を収めました。

2週間後の1600m黒竹賞では1番人気でしたが、ラストの直線で2番人気に敗れ2着の結果。

1200mの3戦目ではまたも1番人気として支持され2着に4馬身差をつけ勝利しました。

走破タイムの1分8秒8は同日に同条件で行われた古馬900万下条件戦のタイムを0秒3上回るものでした。

これらレース以後は短距離馬として路線を集中することも考えられましたが、調教師と馬主の相談のうえ一度中距離以上で使用してみることで合意。

3月29日、4歳クラシック初戦・皐月賞へのトライアル競走であるスプリングステークス(1800メートル)へ出走したが、12着と大敗し、以後クラシックからは離れ、皐月賞には登録もせず短距離重賞クリスタルカップへ参加。

2着に3馬身半差をつけ重賞初勝を遂げました。

1993年には脚部不安を生じて休養へ。

春のシーズンは全休し、10月になりオープン特別競走・オータムスプリントステークスに参加しました。

得意の1200mでしたが2番人気として出走し、5~6番手追走から直線で抜け出し復帰戦を勝利しました。

12月19日には当年マイル戦の安田記念、中距離戦の天皇賞(秋)を制し、「三階級制覇」がかかるヤマニンゼファーを差し押さえGI初制覇を達成。

1994年には1200メートル戦のダービー卿チャレンジトロフィーにおいて勝利。

1400メートル戦のスワンステークスでは1分20秒の壁を破るレコードを残しました。

このタイムは後に更新されましたが、2015年時点では阪神競馬場のコースレコードとして保持されています。

12月18日、連覇が懸かるスプリンターズステークスに出走。このレースは勝敗を問わず引退を決意するレースでした。

「米スプリント界を代表する馬」と称されるソビエトプロブレムも出走していましたが、堂々たる優勝。

日本中央競馬会(JRA)の広報誌『優駿』は「『地の利』などという言葉で表現してしまうのはあまりにも失礼な強さ」、「これが世界一速い馬だ。そう言ってしまいたいほど、サクラバクシンオーは強かった」と評しています。

4.キタサンブラックの経歴

主な勝レースは2015年菊花賞、2016年天皇賞(春)、ジャパンカップ、2017年大阪杯です。

キタサンブラックの購入価格はたった数百万円でした。

幼駒時代のキタサンブラックは馬体が細かったが、栗東トレーニングセンター所属の清水久詞厩舎に入厩することによって、細見であった馬体もデビューの頃には510kgになるまで成長しました。

2015年3月22日第一回中山競馬8日目の皐月賞トライアル・スプリングステークスにおいて重賞に参加。

3連勝を飾りキタサンブラックは皐月賞への優先走権を獲得。

しかし、4月19日の皐月賞(中山 芝2000m)では3着となり続いて、日本ダービー、東京 芝2400m)に参加するも14着と大敗しました

9月21日の菊花賞トライアル・セントライト記念(中山 芝2200m)では1着となり菊花賞への優先出走権を獲得。

10月25日に開催された菊花賞では有力馬の中G1競走初勝利を果たしました。

2015年の最後の12月27日有馬記念では3着をマーク。

4歳になったキタサンブラックは第60回産経大阪杯に出走し、この頃から武豊が鞍上となり2着でゴール。

第153回天皇賞(春)では同様武豊が綱を握り勝利しました。

秋からは京都大賞典に参加し勝利を収め、ジャパンカップでは1番人気にとして出走し2馬身半の差をつけ勝利しました。

年内最後のレースは有馬記念に参加し、圧倒的1番人気を誇ったが2着に終わりました。

2017年5歳になったキタサンブラックはG1となった大阪杯初代王者に君臨。その後も実力を伸ばし続けています。

まとめ

以上、キタサンブラックについて血統やレース成績の側面から紹介させて頂きました。

キタサンブラックは優秀な父馬や母馬の遺伝子による強さがある一方、武豊という実力のある騎手が乗ることによって、更に力を引き出されました。

人気も実力も両方兼ね備えているキタサンブラックは今後も注目されていくでしょう。